県連トピックス

ピースアクション㏌オキナワ第42回沖縄戦跡・基地めぐり報告

 2025年3月26日(水)~28日(金)開催

 私たちは、第42回沖縄戦跡・基地めぐりに長崎県生協連の代表として参加しました。今回のテーマは、「沖縄の過去、現在を学び平和な未来につなげよう」であり、全国各地から参加者が集まりました。

【1】3月26日(水)学習講演会・交流会

講義の様子玉木利枝子さん

〈1〉戦争体験を聞く お話:玉木利枝子さん

 実際に行き場のない戦場をさまよいながら、目の前で多くの家族や親戚、友人を亡くす体験をされました。利枝子さんの言葉一つ一つが重く「命さえあれば」という言葉が印象的です。

〈2〉那覇青少年舞台プログラム

 小学生から高校生の青少年団体が沖縄戦の悲惨さや平和への思いを演劇で伝えてくれました。迫力のあるダンスと重みのある言葉、表情に胸をうたれました。

【2】3月27日(木)現地観察/沖縄本島南部・北部

〈1〉辺野古・瀬嵩の浜

 きれいな海が広がる所に新しい基地のために埋め立てが行われている状況がありました。住民の方が反対の声を上げても届かず、工事強行されています。これは景観が損なわれるだけでなく、絶滅危惧種の増加や税金問題に関係します。さらに住民が工事の様子を見ることで当時の状況を思い出し精神的な痛みを味わうことになります。この基地問題を沖縄のことではなく、自分のこととして考えることが大切だと感じました。

〈2〉糸数壕(アブチラガマ)

 当時、戦場で負傷した人やもう長く生きることのできない人達が運びこまれた壕に実際に入って肌で戦争の悲惨さを感じました。ここでは学徒隊が感情を無くして兵隊のお世話をしていたそうです。負傷した腕や足の切断を強いられ、水や食料を十分に与えられず放り込まれる方が多くいました。真っ暗な中恐怖に怯えていたことを想像すると、とても胸が苦しくなりました。

【3】3月28日(金)現地観察/沖縄本島北部

〈1〉平和の礎、沖縄県平和祈念資料館

 礎には国籍や軍人、非軍人を問わず、沖縄戦で亡くなった人々の名が刻まれ 今も刻銘が続いているそうです。各県たくさんの名前が刻まれていました。戦没者の追悼と平和祈念、平和の創造と交流を目指す沖縄の願いが込められています。

 

 平和祈念資料館では、当時の痛々しい写真やアメリカ占領下にある時代の沖縄を伝える資料が沢山ありました。中でも実際に戦場を生き抜いた方が記された日記が印象的です。色々な苦しみがあったことを感じ、絶対に戦争を繰り返すことを許してはいけないし、過去の出来事を忘れてはいけないと強く感じました。

〈2〉魂魄の塔

 これは沖縄で最初に出来た慰霊の塔です。沖縄戦が終わったころ、あたり一面には多くの死体が折り重なっていたそうです。村長や住民が一緒になってあたりに散らばっていた遺骨を集めました。私たち参加者もお花を添え、慰霊碑に手を合わせました。

【4】終わりに

 これまでは高校で「沖縄戦」という言葉を覚えたぐらいでしたが、この三日間を通して、今回のテーマのように沖縄の過去・現在を知り、私たちの未来を考えさせられるものとなりました。現地の沖縄の方々の話を聞いたり、実際に慰霊碑を目にしたり、壕に入って体験をすることで深く学べたと思います。悲惨な状況があったことを知らなかったことを恐ろしく感じました。ガイドの方の言葉の中に「これからの沖縄に注視して欲しい」とありました。戦争はお年寄りが始めて、若者が亡くなっていく。という言葉も三日間の中でありました。そうならない為にも若者の私たちが選挙に行くことが必要であり、戦争の悲惨さ平和への願いを強く伝え継承していく必要があると思います。ニュースなどで沖縄の情報が流れた際は、今回学んだことを考えながらこれからも沖縄に注視していきたいと思います。三日間とても貴重な体験ができました。

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