県連トピックス

2014年度第44回長崎県生協大会が開催されました

 2014年11月18日(火)10時より長崎県教育文化会館で「第44回長崎県生協大会」が開催され、長崎県下各会員生協より119名(講師含む)の参加ました。

 今年は核兵器禁止条約実現に向けて署名活動に取り組んだこと、来年の被爆70年、NPT再検討会議に向けての意思を込めて、その気持ちをさらに来年の節目に向けてステップアップする機会として組み立て、3名の講師の方にお話しいただきました。

 まず長崎県生活協同組合連合会本田 稔会長理事より開会の挨拶、そして永年勤続者表彰のあとに、城臺 美彌子(じょうだい みやこ)様「被爆体験から今を思う 私たちがこれからやっていかなければならないこと」、草野 十四朗(くさの としろう)様「高校の平和教育をめぐる学校と大人の役割」、中村 桂子(なかむら けいこ)様「核兵器使用の危険性とこれからの運動」、80分という短い時間でしたが参加された方々の声は平和の大切さを改めて痛感されました。

 講師3名からは時間的制約はあったものの、それぞれ違った視点から平和に対する思い、考え方が提起され、アンケートの声にもそれを反映した前向きな意見が数々記載されていましたので、充分に企画の意図が伝わって、今後の会員生協の取り組みにつながる大会であったと評価します。特に社会人になってからの平和(教育)活動が足りていないことと、繰り返し参加していないと平和への想いも薄れてしまう現状があることが読み取れました。


長崎県生協連会長理事 本田 稔

城臺 美彌子 様

今年の長崎平和祈念式典で被爆者代表として挨拶されました。当時6歳。爆心地より2.4㎞離れた山陰の立山町で被爆。自宅内に居た事で外傷もなく、落ち込んだ床下から助け出された。教職在職中、戦争や原爆について充分に伝えられなかったので、今「長崎を最後の被爆地に」と語っています。

草野 十四朗 様

1954年生まれ。被爆二世。
公立高校勤務を経て1984年から活水高校教諭。1988年に平和学習部を起ち上げ、現在にいたっています。

中村 桂子 様

長崎大学核兵器廃絶研究センター准教授、神奈川県出身、米モントレー国際大学大学院(国際政策学)修了。2012年4月RECNA開設に伴う意長崎大学に赴任。2012年3月までは特定非営利活動法人ピースデポ(神奈川県横浜市)の事務局長として、核軍縮、核不拡散問題に取り組んでいました。

↑ページの先頭へ戻る